国宝愛はググれるほど軽くない。

京都国立博物館「国宝展」に行ってきた。

いや~、よかったよかった。
早めに行ったから、スムーズに見られたし。
何と言っても小中学生は無料やからね。
子どものときに見たものって、案外記憶に残るからね。
というても、「『神功皇后座像』が伯母に似てる!」とかそんなん・・・。

で、図録を買うてきました。
辞書のように分厚く、写真はオールカラーで豪華。
4期に分かれた展示全部が載ってて、今回見られなかったものも堪能できる。
kokuhou2017.jpg

じっくり読むと、何だか国宝愛が深まる。
この、館長「ごあいさつ」が熱を帯びてる感じ。

要約すると…。

明治維新後の廃仏毀釈の嵐の中、
文化財が壊され、散逸していった日本。
何を思ったか自国の文化を恥じ、西洋至上主義に走った上に、
その西洋人によって、文化財保護の大事さを気づかされた日本人。
イスラム国による文化財破壊の野蛮を非難してる場合やあらへん。
われわれ自身の精神構造だって、それをやっちゃうってことを、記憶すべし。
文化財保護には、守ろうという強い意思が必要。
というわけで博物館には使命があるのです!

てな感じ。

そう。
国宝は一日にして成らず。
ひとつひとつのお宝には、歴史と物語がある。
研究員たちは、それをできるだけ多くの史料にあたって、丁寧に調べる。
解説では、そうした背景も豊かに語られてる。

その作業はきっと、ネット検索して答えを見つけるのとは真逆。
表面的に誰かが語ってるテキトーな情報をつまんだりしない。
情報のソースを探り、手繰り寄せ、裏付けをとって吟味する。
歴史上の他国との関係、世界的な流れを見極める地道さ。
その上で、浮かび上がる国宝のポジション。

自分はこう思う。
こうあってほしい。
こうであったらステキかも。
そんな、独りよがりを凌駕する研究者の国宝愛。

なぜ、それが大切なのか。
なぜ、それがお宝なのか。
繋がって続いてきた歴史の中に確認する作業は、お手軽ではない。
でも、それが国宝愛なんやなかろうか。

愛してるなら、ちゃんと知るべし。
自分の代わりに調べてくれた専門家をリスペクトしつつ、
日本にあるお宝と自分をつなげて、帰属意識を持ってみたりみなかったり。

せんべい食べながら、図録をめくり、
お宝の向こうに、延々続く道を見て、その重みにおののく日曜日。

モノゴトは、ちゃんと調べて吟味しよう・・・と心に誓いつつ、ネット生活を続ける所存です。



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「昨日の世界」

「昨日の世界」
これ、シュテファン ツヴァイクの自伝であり、遺書。
この作家、「マリー・アントワネット」の伝記書いた人としてしか知らんかったけど。
彼が、映画グランド・ブダペスト・ホテルの登場人物、グスタフさんのモデルと知って、読んでみたくなった本。

グスタフさんは、エレガントでえげつないヨーロッパの個人主義を体現する自由な人。
彼は、何を害したわけでもなく、他人を尊重し、おもてなしに心を砕き、時代を優雅に生きていただけ。
なのに、最終的には、粗野で無粋な軍靴に踏みにじられてしまう。

一方、文化に彩られたヨーロッパを愛し、自由に生きたかったツヴァイク。
ナチスに追われ、故郷オーストリアを失って、この長い遺書を残し、1942年にブラジルで命を絶ったユダヤ人の作家。

世情に疎い上流に生きたことも、
社交的で、世界中に友愛のネットワークを持っていたことも、
政治がキライでほとんど投票にも行かなかったことも、
繊細で、本質を見抜く曇りない目を持っていたことも、
確かにグスタフさんのイメージ。

でも、映画がコメディタッチで軽快なのに比べて、この本は重い。
戦争の終わりを見ずに死んでいったツヴァイクは、この本を、戦争前夜から戦中、ヨーロッパ崩壊の跡として描いてる。
それが、あまりに今と通じることが多すぎて、とても怖いから。

彼は伝記作家なので、客観的事実に基づいて時代を描く。
その上、目撃者ならではの冷静な視点もある。

第一次大戦では負傷者を運ぶ貨物車に乗り合わせ、あまりの惨状に驚く。
ところが、ブダペストに着いてみれば、穏やかで華やいだ日常があり、その落差にも驚く。

文化人として1度目の世界戦争に反対し、平和が来たときの無邪気な達成感。
そして、自伝を書く「今」の彼から見た、その認識の甘さへの悔いも。

ナチス台頭の頃、ならず者で構成されていたはずの突撃隊が、真新しい揃いの服に身を包み、新車を駆り、プロに訓練された軍事力と武器を持っていく様子をリポート。
背後の資金提供者を推測し、ドイツ産業界を名指しする。

ならず者に支配されることなんて起こり得ない、とタカをくくる知識人。
文化的でないことを軽蔑し、侮り、全てを奪い取られるまで現状を直視することを怠った人々。
見えていたのに無力だった自分。

ナチスの自作自演で巧妙に追い詰められる社会民主党。
高みの見物をしていたイギリスの対ナチス政策の失敗。
「防共」という餌に食いつく為政者や上流階級の愚かしさ。
ヒトラー、ムッソリーニ、チェンバレンの力関係に対する的確な分析。

さらに、過激に革命を唱える「主義者」に対する分析も辛辣。
でもこれ、ウケた。
「私は職業的革命家というものの永遠の典型をはっきり見知った。
そういう人物は、単にその立場が反抗的であるというだけで、価値なき自分が高められたと感じ、自分自身の内部に不動の根拠を持っていないために、主義の公式にしがみついているのである。」

本は、青春時代のエピソードや、同時代に生きた作家たちとの交流なども、かなりの分量を占める。
私にとって、この辺りは退屈。
ただし、友人たち(ロマン・ロランやトーマス・マン、リヒャルト・シュトラウスなど)の現代での評価と、ツヴァイクの描写を重ねて読むと、それはそれでおもしろいかも。

そして、最終ページは、彼が死の間際に書いた遺書。
・・・この私の生命にとっては、つねに精神的な仕事が、もっとも純粋な喜びであり、個人の自由が、地上最高の財産であった。友人のみんなに挨拶を送ります!友人たちが、長い夜の後になお曙光を目にすることができますように!私は、この性急すぎる男は、お先にまいります。

ツヴァイクは、あの大戦前、大人気の流行作家だったらしい。
ところが、ナチスドイツやその占領国で発禁作家になった後、彼の原書は焼かれ、多くは復刻されなかった。
もし、彼が生きて戦後を迎えてたら、どんな風にあの戦争を語ったろうと思う。
この本が語る、時代を凝視した言葉は、とても貴重な記録。
だから、もっと記録してほしかった。
せめて、この本が残っていてよかったけども。

「イェルサレムのアイヒマン」

「イェルサレムのアイヒマン」(ハンナ・アーレント著)。
絶滅収容所へのユダヤ人大量輸送を指揮したアイヒマンのイスラエルでの裁判記録。
罪に見合うだけの大悪人ではなく、ただの小役人やったアイヒマン。
アーレントは、「悪の陳腐さ」と、その普遍性への危機感を世に問うた。

・・・そんな本やと思って読んでみたら、ちょっと違ったかも~。
実は、彼女は「オッサンら、ええかげんにせーよ」と怒ってるんちゃうやろうか。
ナチズムにも、成り上がりの小役人にも、ドイツにも、ナチに占領された国々にも、
連合国にも、シオニストにも、イスラエルにも、
「ねぼけてたらアカンで。」と言うてるように思う。

このホロコーストでは、600万以上の人間が殺された。
特定の民族を殲滅するという、信じられんことが実行されてる。
彼女は、この「人類に対する罪」の本質が明らかになるのを見たかった。
なのに、オッサンらは、本質とは違う側面を、あっちこっちつつくだけ。

イスラエルは、アイヒマンと全ホロコーストを結びつけたがり、
裁判が明らかにすべき真実を置き去りにしてでも、イスラエルの物語を見せ物にする。
連合国は、自らの「人道に対する罪」をスルーして、敗戦国とその手先を裁く。
原爆も無差別空襲も「虐殺」とどこが違う?
ユダヤ人指導者たちは、ナチと取り引きし、
金と地位に基づいて自分らで民族を選別し、ナチの「輸送」に手を貸したよね?
ドイツでも被占領地でも、活動家たちは「国内亡命」で抵抗したからエラいって?
それが、無責任で楽天的なヒロイズム、自己満足の抵抗運動であっても?

いやいやいや、オッサンら、結局、自分の利益ばっかしやんか。
権威、大義、自己顕示欲、保身・・・。
いちばん大事やったんは、人の命ちゃうん?
いちばん明らかにすべきなんは、何でこんな恐ろしいことが起きたんかやん?
人1人もまともに裁かれへんのに、この虐殺の本質なんてあぶり出せるかいな。
オッサンら、えーかげんにしてくれよ。

と、アーレントねーさんは言うてるんちゃうやろうか。

確かに、アイヒマンの凡庸さは戦慄もんやと思う。
雑魚感たっぷりの脇役のくせに、脚光をあびて満足げなアイヒマン。
「知性」や「上流」にあこがれながら、劣等感を抱え、
庶民出の人間が国家の首長になるというヒトラーの物語に酔いしれた彼。
「下克上、上等!」って、ありゃりゃ、まるっきりヤンキーやん。

同時に、ナチの台頭を許した社会の、空気感はもっと怖い。
市民が、ナチの極端さを現状打開の切り札と勘違いしたのは、わざと?
これって、無責任な快楽主義が行きつく自己欺瞞なわけ?

アーレントねーさんが危機感抱くのもムリはない。
しかも、どこをとっても「今」と重なる恐ろしさ。
ねーさん、私らはどーしたらええんやろうか。

ハッキリしてることがあるとすれば、
歴史の表舞台にしゃしゃり出てくるオッサンらに、まかせといたら危ないってこと。
何をいちばん大事にするのか、思考から編みだす言葉を持ちたいとこや。
せやんな?ねーさん。

「朝鮮戦争の社会史」

朝鮮戦争の社会史-避難・占領・虐殺-」(2008年 平凡社)
これ、金東椿(キム・ドンチュン)教授の朝鮮戦争研究書。
韓国のハンギョレ新聞に読み応えのあるコラムを書いてはる人やのん。
生野の図書館で借りたよ。
やっぱ、朝鮮関連は充実してるねぇ。しかも、ええ本。

この本の何がすごいかというと、
朝鮮戦争を通して、「戦争被害の原因」を探っているところ。
国家、国際社会、イデオロギー、身分・家族制度、人間関係・・・。
混じり合った要素を1つずつ分析して、1つの方向につなげる。
それは、「なぜ、こんなことになったのか」を明らかにし、
「どうすれば避けられるのか」を思考する方向。
朝鮮戦争の分析やけど、どの戦争にも、現代にも通じることばかり。
感動したんで、ちゃんと覚え書きを残しとこうと思う。


★朝鮮戦争とは。

日本の支配から解放された朝鮮の、国家形成過程で起こった朝鮮戦争。
東西冷戦のスケープゴートになり、前線が朝鮮半島を行ったり来たりした。
そのため、民間人の犠牲は300万とも500万とも言われてる。
米軍も関わった民間人の大規模虐殺は、今でも詳細が明らかにされてない。
人々は、どの国家に属してるかなんて自覚もないまま、逃げまどい、理由もわからず殺された。
まるで、見つかったら殺されるかくれんぼみたい。


★金教授は、要するにこう言うてると思う。
(本が難しいから勝手に要約してまうでw)

「なぜ、こんなことになったのか」

① 国家主義。
イ・スンマンもキム・イルソンも、個人をその奴隷と見なす国家主義者。
統一国家の建国という大義をふりかざし、個人を圧殺した、というわけ。
たとえ戦争に至らなくても、国家主義による人権の軽視は今も起こってるでしょ?

② 権力欲。
イ・スンマンには、「どんな国を創るのか」というビジョンがなかった。
あるのは、ただ権力欲。
マキャベリは、残忍性を権力の一属性と見た。
「民衆には、頭をなでてやるか、頭をなくしてしまうか、
ふたつにひとつを選択しなければならない」(byマキャベリ)
興味深いのは、彼も、北のキム・イルソンも、かつての抗日活動家を弾圧したこと。
過去の統治に不満を抱いた者は、新しい統治にも不満を抱くというのが鉄則。
ビジョンなんてありゃしない。
おかげで韓国は、「アカ清掃」という空疎な目的を国家の柱にしてしまった。
国家主義には骨格がないから。

③ 大日本帝国と虐殺。
民間人に対する三光作戦(殺し尽くす・奪い尽くす・焼き尽くす)は、
日本軍がやったのと同じこと。
儒教的家父長制と男尊女卑という背景は、日本と同質性があり、
その軍規もなじみやすかったのかも。
さらに、歯車の一部として個人を軽視する思考回路は、
いったん虐殺がはじまると、互いに一族郎党への報復を繰り返させる。
そもそも、日本の支配がなければ、朝鮮戦争もなかったかも。
国家が未熟な段階での軍国主義教育が、国民性を変えた。
虐殺が起こるのは、文明化の欠如が大きな要素。
「権力の極端化ではなく、権力の不在。
イデオロギーの極端化ではなく、理念の不在」(byハンナ・アーレント)
カンボジア、サラエボ、ルワンダ…今も続いてるでしょ?

④ アメリカの軍事力誇示のカード。
米軍に、韓国民を守る気はさらさらなかった。
現に空爆による民間人の死者は、太平洋戦争中の日本を上回る。
「反共」という旗印で、中ソとの駆け引きに朝鮮半島を使っただけ。
これって、全世界で今もアメリカがやってることと同じでしょ?
「反テロ」とか何とか、名目がちょっと変わっただけで。


「どうすれば避けられるのか」

それには、国家主義を超えること!
個人が尊重される国づくりをすること!
国家という物神化された単位を超える新しい人間共同体の構築が必要。
戦争は、いつも政治の先にある。
今も、朝鮮半島の分断は、戦争を日常的な国家運営の中で反復させてる。
世界は戦争と貧困の渦中にある。
戦争は、国民・民族のためという大義名分をかざす政治権力が起こし、
貧困は、世界資本主義と国家の経済政策が助長する。
朝鮮戦争で、民衆が受けた人権じゅうりんは、
今ある野蛮や、階層差別、社会的排除と根っこが同じ。
戦争と向き合い、きちんと受けとめることが、
平和な世界をつくるために絶対に必要!



朝鮮戦争特有の事象もいっぱいある。
でも、むっちゃ普遍的な戦争研究。
戦争体験記を読んで、「ひどいな、可哀相やな」で終わりにしない。
「なんでこんなことに」という怒りを、「二度とこんなことさせない」に変える。
戦争と向き合うことの意味って、そこにあるんやなぁ。
これって、日本国憲法の精神そのものやん。

うすっぺらい国粋主義が、幅を利かせてる今、
私もしっかり向き合って、きちんと反論していきたい。
戦争の本当の姿を知るべきです。
個人の尊厳は国家を超えるんです。


「ロスト・ケア」

「ロスト・ケア」(葉真中 顕)を読んだ。
よく出来た小説やった。
40人以上の老人を殺す「彼」。
この先「彼」を真似る人がいそうな気がする。
リアルすぎて怖い。

日本って、どんどん老人ばっかしになってる。
テレビ見てたら、健康食品にカツラに育毛剤のCMばっか。
視聴者が購買層であり、お金を持ってるからやろうね。
今はまだいい。
景気のいい時代に小金貯めてて、年金を受け取れる老人がほとんどやから。
自分が老人になったとき、どうなるんやろうか…。

そんな今でさえ、介護は、細い綱を渡る若い支え手を蝕む。
「公」が用意した介護システムは、わざと不行届きなんやもん。
老人介護が始まれば、ギリギリでまわっていた生活の歯車が狂う。
非正規、薄給、長時間労働…、支え手の社会的基盤がもろすぎる。
「健康で文化的な最低限度の生活」があってはじめて、人間は人間でいられる。
人間らしくいられない状況が、自分の身にふりかかる可能性がある。
この国では多くの人が、自分で気づかないままギリギリのラインを生きてる。
そして、この先、ますます「公」は、人間からの転落を放置するやろう。

「彼」の罪が、悔い改めるべき罪であるためには、
「人間として」という前提がいる。
地獄の渦中にいる者にとって、言葉に意味なんかない。
むしろ、「彼」の使命は、人間たち自身に語らせることやったのかも。

絶望的な人口統計予測と、絶望的な政権の無策と「公」の責任放棄。
グローバル社会の足下で棄民が進む。
年老いて死ぬという誰もが通る道が、袋小路になる。
まるで行き場のない核のゴミみたい。
いつか自分も年をとる。
量産される老人を、この子らに背負わせるなんて、と頭を抱える。
この子らのために、できることをやらないと、と思う。


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「死を招いた保育」

「死を招いた保育―上尾保育所事件の真相」(猪熊弘子著)

著者は、保育問題をずーっと追ってはる方で、保育士さん相手に講演もしてはる。
だから、保育所関係者に、この本を読んでもらって、
二度とこんな悲しい事件が起きないようにしてほしいって思いが伝わってくる。
でも、保育所にわが子を預けるパパママが読むのもおすすめしたい。
実際、読みすすめていくうちに、自分が保育所になにを求めてるのか、
確認することができたし、保育所との関わり方について考えさせられた。
すごく読みやすくて、自然に自分の気持ちを重ねて、事件を追体験することができた。
幼い命が失われた事実をどう受け止めるのか。
取り返しがつかないだけに、読後は重くて辛かった。

4人の子を保育所に預けてきた著者は、
保護者としてあたりまえの「何で?」を追求してる。
何で連絡帳にこんな風に書くの?
何でこの子の全部を見てくれないの?
何でお友だちとの関係をこんな風に判断するの?
何でこんなにも目が届かない状況なの?
何でこんなところに引き戸のついた本棚を置いといたの?
その「何で?」の先に、この保育所のあり方の問題点があって、
この事件に必然性があったということが理解できる。

しかも、これらの問題点は、この保育所単体で済まないと思う。
子ども子育て新システムでは、保育が輪切りにされ、
保育の連続性がさらに失われる可能性が高い。
「保護者のニーズにあわせる」という理由で、
時給で雇われた保育士さんが、その場限りの保育をするケースが増えるやろう。
保育士なんて責任の重い仕事を時給数百円で背負わせるなんてやり切れない。
そんな責任背負いきれない。

保育士は命を預かる職業。
だから、保育士どうしが連携し、子どもの状況を把握しあって、
日々の連続性の中で、どうしても個別の対応をする必要がある。
保護者の最大のニーズは、朝元気に保育所に飛び込んだわが子が、
元気に手元に戻ってくることではないの?
保育士の身分を保障し、保育の専門性を高めてもらうことが、
わが子をまもることにつながるってことを、私らは知ってる。
「保護者のニーズ」を楯に、
保育環境を軽んじる政策を打ち出すことはユルサナイ。

死を招いた保育

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「私たちは いま どこにいるのか」

「私たちは いま どこにいるのか」は、社会学者 小熊英二さんの時評集。
さすがに、1997年のものなんかは、古いな~、と思う。
「つくる会」の歴史教科書や、小泉チルドレン、貧困、生きづらさ・・・、
あー、今に続くこの問題はこの辺から出現したのか、と改めて実感。
そんで、その時点でこういう分析をしてたのか~、新しいな~、と思う。
でも、2011年3月10日に出版された本やから「震災後」という重要な項目はない。
それは、次に読む「震災後の日本社会と若者」でじっくり考えよーっと。

小熊さんの研究がおもしろいのは、
長いスパンで社会のあり方をとらえ、変化を分析しているところ。
しかも、同時代の他国、同じ現象が起こっている異時代の他国との比較も細かい。
ほんとに、よく色んな「読みもの」を読んではるんやなぁ、と思う。
その点、とても信頼できる。
ただし、ちょっと好みの問題なのか、偏ったところもある。
全共闘運動とかは、独自に研究してはったから、むっちゃ詳しく述べてはるけど、
例えば、70年代後半から次々と生まれた革新自治体のことなんかはスルー。
何かモヤモヤする。

が、ともかく、
日本における「中流意識」とか「終身雇用」とか、そういう豊かさ実感時代は、
実は、ほんの20~30年ぐらいの現象に過ぎないということがよくわかる。
それは、団塊世代の働き盛りであり、冷戦という国際情勢の奇妙な安定期と重なる。
今、スタンダードと思われている理想のコースは、この世代のものなんやなぁ。
勉強して、いい学校に入って、いい会社に入ったら、ある程度いい暮らしが待ってて、
家買ったり、専業主婦が子育てしたり、安定した老後があったりする。
逆に、その道を外れてしまうのはロクでもない大人。という思い込み。
ああ、私ら団塊ジュニアは、働き盛りを豊かな時代で迎えられなかったにもかかわらず、
このスタンダードをたたき込まれて育ったゆえに、生きづらい人が多いのかなぁ。

そうやね。
何でこーなったのか、これからどーなりそうなのか、客観的に理解したいもの。
でも、この後どーするかを選ぶ渦中に自分がいるってことも分かってる。
グローバル化が止まらない今、サッチャーやレーガン時代の英米以上に、
新自由主義が公的サービスを食いつぶしながら浸透するのかもしれん。
その流れは、財界が求めているかぎり、止まることはないのかもしれん。
だけど、できる限り止めたいと思う。
今、ここにいる私たちは、子どもらの未来も作ってる最中やと思うから。


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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

「東北再生」

「東北再生」は対談本(赤坂憲雄、小熊英二、山内明美)。
出版されたのが昨年7月。対談があったのは5月やから震災後まもなく。
だから、実際には「東北再生」への具体的な指針が語られてるわけではなく、
ただ、震災後の現状を、できるだけ正確にとらえておこうという感じかなぁ。

これを読もうと思ったのは、朝日新聞に載ってた小熊英二さんの論考がきっかけ。
「東北」という地域がこれまで日本でどういうポジションだったのか、
このたびの震災が「東北」の現在をどう写しだしたのか、
私が考えてみることのなかった地方と中央との構造について述べられてた。

本書でも、小熊さんの分析は「そうだったのか~」と思わせる。
近代化とともに都市への人口や情報の集中が起こり、国内格差が進み、
東北は20世紀の国内分業で一次産品と労働力の供給地になった。
そして1930年代からは炭鉱、その後は原発と、電力の供給地にもなってきた。
ところが、グローバル化の中で産業は安い労働力を求めて海外へ移り、
一次産品、つまり農産物も外国との競争にさらされる。
これまでのように、利益誘導型政治家がインフラを整備しても産業は来ない。
そんな中で、起こった震災やったというの。

赤坂さんは「東北はまだ植民地だった」と言うてはる。
東北の再生には、仕事と暮らしがセットで欠かせない。
だから、特に福島は、原発ではなく、自然エネルギー産業の中心地になるべきだと。

東北は(というより大都市以外のどこもかしこも)すでに危機的な状況にあった。
なのに、震災にもやられてしまったんやね。
「だから、こうすれば良くなる」ってところが、ようわからんかったけども、
少なくとも、グローバリゼーションの波には、絶対に耐えられへんってわかる。
TPPに参加したり、経済特区に民間を呼び込もうなんて計画は、
絶対に東北に寄りそう政策ではないってわかる。
今、政府が東北に向けているのは、なんという「雑」な政策やろう。

原発についての、小熊さんの見解も興味深い。
廃棄物もうまくさばけない原発の科学は、すでに頭打ち状態で、
世界的に見れば、トレンドではなくなっていた。
だから、脱原発じたいは、自然な流れやろうと。
この点、必ずしも財界が原発擁護であり、非財界が脱原発かと言うと、そうじゃないと。

だとすると、財界側にも新たな利権構造をめぐって、脱原発の動きがあるわけやね~。
うーむ、脱原発運動を取り込もうとする橋下さん&財界の動きって、こーゆーこと?

東北の敵はグローバリズムに寄生する新自由主義。
そして、脱原発は味方かと言えば、十把一絡げっちゅうわけにはいかん。
というのが、私の読み方でした~。


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「『大阪都』になったら生活はどう変わるか」サイゾー2月号

ひょんなことから手に入れた雑誌「サイゾー」2月号
980円もするだけあって、読みがいがある。
ネットでもええやん・・・と思う記事もあるけど、
パラパラーッとめくって、ソファで落ち着いて読むのってええわぁ。

ええ記事やなぁ、と思ったのが、
「大阪市民は儲かりまっか?橋下市長が与える経済的影響」(ライター:鈴木長月氏)。
フツーの感覚、徹底した市民目線なのがいい。

 橋下さんの「都構想」ってフワッとしてるけど、実際のとこ何がメリットなん?
 都構想って、ぶっちゃけ市民は儲かるの?儲からんの?
 合併とか区割りって、実際どーなんの?
 橋下さんって独裁者なん?
 府知事時代の行政手腕って?どんなとこコストカットした?
 都構想って、実現可能なん?

これらのフツーの疑問について、ウヨクとかサヨクとか視点にとらわれずに、
「大阪で生活している一般市民」はどんな影響を受けるのか、を考えている。

橋下さんて、そもそもご本人がギスギスしたこと言う人やから、
ニュース見てても、ネットで橋下派VS反橋下派のやりとり見ても、
何かキーッとなってて、しんどくなるんよね。
私は、選挙で橋下さんを支持した人も、そうでない人も、
自分の生活がある立ち位置から、フツーに政治を政治として見てほしいな~と思う。
橋下さんがやろうとしてることは、
テレビショーなんかじゃなくて、予算配分を決めて執行する政治なんやから。
どこにどういう予算をつけて、何を削ろうとしているのか、それが大問題。
なぜなら、それこそが私たちの生活に直結する事柄やから。
キャラがどうとか、討論で勝ち負けとか、ツイッターで罵るとか、そんなん、もーええわ。
で、実際のとこどーなん?それが問題。

サイゾーの記事では、
橋下前知事が合理化の標的にしたセーフティネットについて一部言及しているのみで、
これから着手しようとしている「公」の「責任放棄」政策について細かくふれてない。
だけど、こんな風に「実際のとこどーなん?」という視点で、
みんなが橋下さんを冷静に見られるようになった時、
デコレーションの奥に見える、彼の「政策」の本質が見えてくるのかもしれん。
「傲慢」とか「独裁」とか「代弁者」とか「ヒーロー」とか、
無用のデコレーションをスルーしてしまうことが、
実は、橋下さんがいちばん望まない展開なんちゃうかなーと思う。



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「若者を見殺しにする国」

「希望は戦争」で、話題になった赤木智弘さん。
本書は、「『丸山眞男』をひっぱたきたい―31歳フリーター。希望は、戦争。」
という論文と、それを書くに至った経緯、その後の世の反応などをまとめたもの。
もともとは2007年に出版されてたけど、
東日本大震災後の2011年5月に朝日文庫から修正版が出された。

ひとことで言って、赤木さんはカワイクない。
書いてることは、彼と同じようにバブル後の就職難に世に放り出されて、
長いフリーター生活も経験した私には、いちいち同意することばかり。
論文表題の過激さとはうらはらに、
社会を直視して、社会と対等に関わって、誇り高く生きさせろという姿勢に共感する。
とくに、彼の言う「俗流若者論」は目からウロコやった。
青少年の犯罪が増えてる・・・とか、
オタクは危険・・・とか、
単に「いまどきの若者は」という範囲を超えて、
大人たちが、自分の既得権益を守る目的で、ことさらに若者を貶めている現実。
書きっぷりは辛辣、かつ的を射てる。
だけど、カワイクないの。

なんで、カワイクないのかなぁ・・・と考えてみた。
全体に、机の上で必死に考えた感じで、生きた生活が迫ってこないからかなぁ。
大衆心理の分析には納得の説明があるけど、理屈に追いかけられて人の顔が見えない。
例えば、不審者からわが子を守ろうと、親がこぞってスクールバス導入を叫ぶ・・・
という現象の愚かしさを指摘する。
統計上は、子どもが被害者になる犯罪は減っているし、
加害者になるのは、実は親が最も多い。なのに、バカげてる。
そうやって、フリーター男を不審者あつかいして社会から隔離するのだ、と。

でもね、親は統計上の数字で子を守ろうと思うわけじゃない。
予防接種では、重篤な副反応確率がどんなに低くても、
親は、祈るような気持ちでわが子に注射を受けさせる。
私は、愚かしくても、大衆心理の奥に「生きることへの愛着」を見出してしまう。
保身も身勝手な攻撃性も、同種の「生への執着」から生まれるとしても。

カワイクないからって、
施設にランドセルを贈る伊達直人のように、カワイイ者だけ救済するのはおかしい。
そりゃ、そうです。
例えば、労組が正規雇用労働者の労働条件を侵されまいとするあまり、
非正規雇用の現状から目をそらせてきたのも事実やろう。
(彼はどうも労組の系統や種類についての言及が大雑把すぎるけど)。
労組は引退組も含めて、非正規労働者の運動を金銭的にも支援すべきやと思うし、
未来を思い、子や孫の行く末に責任を持とうとするなら、
「若いもんは努力が足りん」とか「定職につけないのは選り好みしてるから」
などと、いつまでも無理解な態度を続けるべきでないと思う。
私も含めた大人全員が、若者の貧困にどう向き合っていくべきか、
きちんと受けとめて答えを見つけなアカンと思う。

私は、中高年の方々にこそ、この本を読んでほしい。
きっと不愉快やろなぁとは思うけど、受けとめるべきことが山ほどある。
その上で、世代を超えて、「本当の敵」に対峙していく必要があると思う。


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「塩狩峠」

むむぅ~、読む時期をまちがえたか・・・。「塩狩峠」(三浦綾子・新潮文庫)。
中学生ぐらいで読めばよかった。と思う。
あー、でも「グスコーブドリの伝記」(宮沢賢治)を中学生で読んだときと、
よく似た感想をもったかもしれん。
あんまり成長してへんのかな。私。

私には、前半の「迷える信夫」の方が魅力的やった。
神の「真実の愛」を知って、「正しく生きる信夫」よりも。

他者を、さげすんだり妬んだり、自己保身が過ぎたり・・・人間て弱い。
こうありたいと思う気持ちを、支える何かが必要なときもある。
私の支えは何かなぁ。
「生きていること」そのもの、「生への愛着」のような気がする。
人生に愛着を持って生きるために、他者と繋がって、
それを大事にすることで、さらに人生への愛着が増す。
私は「喧嘩や 訴訟があれば つまらないからやめろ」(←これは宮沢賢治)とは思わない。
暴力は大嫌いやけど、闘わなければ守れないものだってあると思う。

「信夫」が深く愛を悟ったキリスト者でなかったら、結末は成り立たないのかな。
とっさの判断で暴走列車を身体で止める行為は、信者でないと無理なのかな。
「自己犠牲」というとキリスト教らしいけども、
ありふれた「愛」の持ち主だって、とっさにそうするかもなぁ・・・と思えてしまう。
そして、もしも、それによって自分が残された遺族になったら、半狂乱で泣き叫ぶと思う。

結局のところ、私は、神の愛がわからんのやねぇ。と、居直る。
でもね、心をクリーニングしたみたいな、ちょっと恥ずかしく清々しい読後やわ。



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「中国侵略の証言者たち」

このところ、寝る前にこの本を読んでたんで、よくうなされた。
起きると、お餅ちゃん(2歳)が、顔の上に寝てることも度々あったけど。

「中国侵略の証言者たち~『認罪』の記録を読む~」(岡部牧夫 他編 岩波新書)。
この本は、近年全文公開された、中国での「戦犯裁判供述書」をベースに、
中国で日本軍が何をしたか、中国という国が戦犯をどう扱い、
どんな風に罪を認めさせたか、かなり客観的に検証している。

知らんかったことがいっぱいあった。
東京裁判には、最大の被害国やった中国や韓国(朝鮮)の意見は反映されてないんよね。
戦犯の取り調べも立証も短期間で、ええかげん。
しかも、戦犯本人の認罪とか関係なく、占領国アメリカの思惑にも左右された。

ところが、中国戦犯管理所での戦犯達は、中国側から誠実で丁寧な対応を受け、
自分で罪を認め、深く反省した上で、裁判後1人の死刑もなく帰国している。
軍隊の非人間的な扱いによって、人間性を失っていた人たちが、
人間的な扱いによって、人間にもどったような、感動的な認罪やと思う。
中国に報復されても仕方がないほど、ヒドイことした日本兵に対しての、
この中国側の対応は、あんまり素晴らしすぎて、正直びっくりした。
今ある「中国」と、この「中国」が、自分の中で繋がらなくて戸惑うくらい。
中国って、奥が深いわぁ。もっと知りたいわぁ。

それから、「なぜ日本は『侵略』という認識をもたなかったのか」が興味深かった。
戦後、多くの国民が、「自分らはアホな戦争をやった軍部の被害者」と認識し、
冷戦下、日本に新たな価値を見いだしたアメリカの「寛大な講和」のおかげで、
他国から戦争責任を追及される心配もなくなった。
そんな中で、中国から帰国した「元戦犯」たちが、
「自分らは加害者」って言うても、みんなに耳をふさがれてしもたんやね。

だけど、「元中国戦犯」たちは、ずーっと「加害」の事実を語り続けてる。
おかげで、私らは「加害」の事実を知れるし、
今、あの戦争を美化する勢力があっても、それを押し返す力になる。
戦争で、加害者にも被害者にもならないための強力な「裏付け」になってる。
よう生きて帰ってきて、語り続けてくれはったなぁと思う。
ほんで、「知る」という作業は、ほんまに大事やなぁと思う。

中国侵略の証言者たち  ←2010年4月発行。


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「マルクスは生きている」~その2~

「マルクスは生きている」(不破哲三著 平凡社新書)の感想補完デス。

左翼とか右翼とか・・・ともすると「思想」って、
何か、主義主張を振りかざす集団というイメージがあったりして。
でも、マルクスは科学者なんデス。
科学的社会主義って、社会の有り様を科学的に分析した学問なんやね。これが。

そんで、「資本主義」に対する分析が、超Coolデス。
中でも、資本主義の本質は利潤第一主義やから、
「大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!」がスローガンだという辺り。
震災以来、ますます膨らむ政治への不信感や、復興の遅れ・・・、
私の中で、いろんなことがビシッと繋がったよ。

安全対策をおざなりにしてでも、
利潤追求のためには、原発を作り続けなアカンかったんやね。
規制緩和いうて、派遣労働を解禁したのも、利潤を最大限あげるため。
国際競争って、つまり資本どうしのつぶし合いやから、熾烈やわなぁ。
ずーっと、競争していったら、
そらもう、法人税タダにせんかったら勝たれへんとか言いだして、
少ない賃金の庶民が税金で押しつぶされそう。
リーマンショックで、新自由主義って資本主義形態も、
アカン病気抱えてるってわかったのに、まだやるか?
そんなん、「国家」って言える?

どうしたら庶民の生活を守れるかっていうと、
やっぱし、暴走する利潤追求に社会的規制をかけること。
資本は国を超えて存在するけど、「国家」は国民のものやもん。
「国家」が政策で、資本主義の病理である「不況スパイラル」から、
抜け出す経済のあり方を選択していかなアカン。
だから、政治って大事。政党選択ってつくづく大事。

で、最後の章では、
その社会的規制で資本をきちんとコントロールできる社会を展望する。
これが、なかなか難しいんよね。
ラテンアメリカでは選挙で選ばれた政権が、
資本主義にルールを与えたり、社会主義の道を歩みだしたり・・。
けど、この本、中国に対する不破さんの甘めの見通しだけは、
どう考えても同意でけへんかったなぁ。

どんな道筋が庶民生活のためになるのか。
軸足をきっちり定めて、マルクスがモーレツに考えた科学は、
間違いなく、日本でも役に立つと思う。
ぜーんぜん、古くない。むしろ「今」って感じ。

関連記事:「マルクスは生きている」~その1~中国のこと。



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「スペインのある農夫へのレクイエム」

このところ、「愛国心」て何やろって考えてたら、この小説思い出した。
ラモン・センデールというスペイン人小説家の本。
西和書林から単行本が出てマス。

スペイン内戦(1936-1939)さなかの農村で、
フランコの反乱軍に銃殺された1人の農夫(パコ)のことを、
彼を密告した神父の視点で描くお話。

村で産まれたパコに洗礼し、幼い頃から可愛がってきた神父。
輝くような正義感あふれる青年に育ったパコは、
共和国となったスペインの片田舎で、
地主と渡り合い、村人を自由にするために行動する。

やがて、反乱軍が村にせまり、共和国に荷担した村人を次々に処刑。
パコは逃亡するも、最後は神父の密告により、捕らえられて銃殺される。
死を前にしたパコのために祈る神父と、祈りを拒絶するパコ・・・。


神父は決して自分が間違っているとは思わない。
密告したのは、村に安定と平和をもたらし、パコの心に平安を与えるため。
高潔な神父の「愛」と、どこまでもすれ違うパコの「愛」。
崇高な「愛国心」を旗に、軍靴で「平凡で幸せな日常」の上を行進していく、
そんな日本軍のイメージが神父の「愛」に重なる。

作者自身、共和国軍としてスペイン内戦を経験し、身内を虐殺されたという。
そして、スペインのキリスト教会には、概ねフランコを支持したという歴史がある。

独裁者フランコが70年代半ばまで生きていたということもあり、
90年代に私がバルセロナで聞いたところでは、
センデールの本は長く出版禁止やったらしい。
それで、原文をスラスラ読めもしないのに、この本は記念に買ってきた。
バルセロナの市場の壁には、今も内線の銃弾痕が、たくさん残ってる。
そんなスペインでも、今「ネオナチ」ならぬ「フランキスト」の若者が急増中らしい。
崇高なその怒りの、矛先を間違えたらあかん。と思う。

センデール本 ←バルセロナの本屋さんで買った本♪

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「マルクスは生きている」~その1~

「マルクスは生きている」(不破哲三著 平凡社新書)を読んでる。
毎晩、お餅ちゃんを寝かせながら、自分も眠くなるまで・・・なので、少しずつなんやけど。
半分まで読んだ。←これが時代小説やったら、一気に読むところ。ははは。

内容、おもしろい。
唯物論については、以前から心情的には
「自分が目ぇつぶったら、実は世界ってないんちゃうん?」
とか考えてしまうタチやから、なじみにくいんやけど。
頭ではまぁ理解できる。

なにより、資本主義の病理について。
今、まさに毎日ニュースで触れてる気がする。
「大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!」が資本主義のスローガンやとすれば、
東電よ、ものの例えではなく、地でいってしもたわけやね。
利潤第一主義と、それに加担する国家が、この現実を招いてるんやな~、って実感ありまくり。
資本主義の本質には、社会貢献なんて必然的には含まれてないねんから、
経済発展をありがたがって、ぼけーっとしてたら、利益のために好き放題やられてまうやん。
社会が規制を作るしかないのに、「規制緩和」ばっかり、まるでええことみたいに言うてさ。

この本、自分が感覚的に思ってたことが、
ちゃんと論理的な文章になってる、という感じがする。
そんなに難しくないで~。

最後まで読んだら、また感想書きま~す。








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藤沢周平

「たそがれ清兵衛」を読み返してみた。
雨風や土の匂いもしてきそうな、男っぽい文章。
やっぱ落ち着くわ~。

でも、以前読んだ時よりノスタルジックな感じがしなかった。
どの短編も、武家社会の利権をめぐる勢力争いが背景にあって、
その渦中で、自分らしく自分の仕合せを守ろうとする剣士が主人公の物語。
作者は、ほんとは現代を書いたのね、ってわかった。

にしても、今の政治情勢と似てるな~。
自民も民主もくっついたり入れ替わったり、
利権をめぐってドロリドロリ。
原発事故なんて、自公政権の責任大やんかいさ。
「政権を任せられない」って、どの口が言うねん。
言われる方も言われる方やもんな~。

自分らしく自分の仕合せを守りたい庶民は、
腕に覚えがない場合、
どうしたらええんやろう。

守りたいものの側から
ちゃんと世の中を見るしかないのね。
剣の代わりに力になるのは、はたして・・・。





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ゆりひなな

Author:ゆりひなな
おもしろい記事書くために、おもしろい生活できたらええなぁ。その逆でもええけど。

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●「ご存じ山田寺」みたいな。 ●橋下人形と新自由主義の大実験1~4 ●「百年目」 ●ロスジェネの迷走 

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