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「餅は餅屋」ちゃうんか?

市民感覚が大事。
保護者の意見を反映する。
民間人を入れて刷新!
とか何とか言うて、素人を現場にねじこむのが流行ってる。

元なんちゃらアドバイザーの民間人校長とか民間人区長。
現役なんちゃらマネジメントとかの教育委員。
子育てしたことありますレベルの保育ママ。
なぜか当選してしまった裁判員・・・。

確かに、学校にはイラっとすること多い。
「子どもの身になれ」「親の身になれ」とは思う。
「現に保育所足りてないんやから贅沢言うなよ」的な空気もある。
はたまた凶悪犯罪の判決が甘く感じることもある。
根っこには、それぞれの現場に対する不満があるわけで、
「おいおい、んなこた素人でもわかってるぞ」みたいな、
野球観戦してるおっさんが全員監督化する、みたいな現象か。

しかし、その解決策が「素人ねじこむ」でええんか?
市井の感覚とずれてるっちゅう認識があるなら、
この情報社会、なんぼでもリサーチできるやろ?
だいたい、市民感覚ってひとくちに言うても、みんな利害が違う。

そんで、ねじこんだ「素人」が、
タブレット万歳型教育改革に暴走してみたりする。
いじめを起こすような学校は吊るさなアカンとか、
学力テストの点数で優劣つけて何が悪いねんとか、
教育の専門家が、思いもよらん(っつーか言うたらアカン)言説が幅を利かす。
「うちの子はこうやって育てた」で保育やられた日にゃ、
おちおち働いてられへんし、
「オレの感覚ではこれは許せん」で量刑決まるなら、
被告人にしてみりゃ裁判もバクチ。

専門家は、そーゆうことがないように専門に勉強してるんちゃうん?

政治主導の教育改革~?
はぁ~?専門家でもないもんがしゃしゃり出て、
うちらに何の得があるん?
いや、待てよ。やっぱ、これってわざとやん?
巧妙なんは、素人を騙る権力の代弁者。
素人のふりした「何かの玄人」が、
「その道の玄人」が守っていたモノをぶち壊す。

「意見を聞く」ことと引き換えにされるのは自己責任。
それも、少数者の意見ではなく、ざっくり多数意見と引き換えの、
選んだアンタらの責任。
報道のされ方ひとつで、宝物がガラクタに、ガラクタが宝物に見える。
「あいつは悪もんや!」で悪もんが決まる。
そんな危うい選択するんはごめんやわ。

専門家、カムバーック!!

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ロマン・カチャーノフ

4歳の娘、お餅ちゃんと一緒に映画を観に行った。
ロシアの人形映画、「こねこのミーシャ」など短編4本。
20年前に亡くなったロマン・カチャーノフ監督の作品。

すべての人形の動きが、ほんとに繊細で愛らしい。
小首をかしげる黒猫ミーシャ。
雪の中を跳ね回る赤い毛糸犬のミトン。
迷子のブヌーチカを捜しまわるおじいさんの心配顔。
夫からの手紙を待つ寂しげなママと、ママを大好きなボク。
人形とは思えない表情ばかり。

1960年代から1970年、旧ソ連でつくられたコマ撮りの人形アニメ。
あの冷戦の時代、全体主義のソ連で、映画を作ったカチャーノフ。
ベトナム戦争があり、チェコ進攻があり、キューバ危機があった頃、
彼はどんな思いでこの美しい作品を作ってたのかなぁ。
少なくとも、赤狩りに奔走したウォルト・ディズニーみたいに、
ガツガツした正義や夢を子どもに植え付けたりしてない。
それは、生きものへの、ささやかな愛を語る詩のような作品。

こんな感性を持った人は、戦争が嫌やろうな。
大好きなパウル・クレーを思い出す。
所在なさげに動物を抱えてたたずむ動物飼育係の絵。
生きものへの愛は、大きな時代の波や権力に抵抗できない。
ただ、儚げにたたずむ。
だけど、個人を圧殺する全体主義の社会にあっても、
こうやって1つ1つの命のありかを主張することもできる。
そういう種類の愛を語ることこそが、
カチャーノフという才能ある「個」ができる唯一の抵抗やったのかもしれん。

でも、4歳のお餅ちゃんには、ちょっとむずかしかったかも。

↓ 赤い毛糸でミトンわんこを作ってみたよ♪
ミトン2



「サラエボの花」

サラエボの花」を観た。
2007年のボスニア・ヘルツェゴビナの映画。
1992年から1995年まで続いた内戦で傷ついた女性と、彼女の娘の物語。

泣けた。
生きるってすごいなぁ。
日常は、残酷で偉大や。
生き残ってしまえば、生活は容赦なく人生を追い立てる。
でも、日常が愛を育む。
赤ちゃんを抱いた瞬間から、彼女の日常が動き出す。
否応なく愛することが苦悩になり、喜びになる。

ラスト、手をふる娘を愛おしいと思いすぎて苦しかった。

戦争で起こった出来事を許せないと思う。
彼女は、他の被害女性たちと、感情のやり場を共有してた。
互いに反芻して、やっと生きてる。
でも、国の「中の人たち」が、戦争を反芻しなかったら、同じことはまた起こる。
傷を抱えたまま生きる人を尻目に、すっかり新しい気分でいることは愚かしい。

ボスニア戦争が終わって19年。
そして、今日、阪神大震災からも19年。
日常の時は否応なく流れる。
どんな出来事があったとしても、ご飯食べて生きなあかん。
ご飯食べてるからって悲しくないわけじゃない。辛くないわけじゃない。
それでも生きてるということの「生」は尊い。

せめて忘れないで、この同じ世界に生きていこうと思った。


「朝鮮戦争の社会史」

朝鮮戦争の社会史-避難・占領・虐殺-」(2008年 平凡社)
これ、金東椿(キム・ドンチュン)教授の朝鮮戦争研究書。
韓国のハンギョレ新聞に読み応えのあるコラムを書いてはる人やのん。
生野の図書館で借りたよ。
やっぱ、朝鮮関連は充実してるねぇ。しかも、ええ本。

この本の何がすごいかというと、
朝鮮戦争を通して、「戦争被害の原因」を探っているところ。
国家、国際社会、イデオロギー、身分・家族制度、人間関係・・・。
混じり合った要素を1つずつ分析して、1つの方向につなげる。
それは、「なぜ、こんなことになったのか」を明らかにし、
「どうすれば避けられるのか」を思考する方向。
朝鮮戦争の分析やけど、どの戦争にも、現代にも通じることばかり。
感動したんで、ちゃんと覚え書きを残しとこうと思う。


★朝鮮戦争とは。

日本の支配から解放された朝鮮の、国家形成過程で起こった朝鮮戦争。
東西冷戦のスケープゴートになり、前線が朝鮮半島を行ったり来たりした。
そのため、民間人の犠牲は300万とも500万とも言われてる。
米軍も関わった民間人の大規模虐殺は、今でも詳細が明らかにされてない。
人々は、どの国家に属してるかなんて自覚もないまま、逃げまどい、理由もわからず殺された。
まるで、見つかったら殺されるかくれんぼみたい。


★金教授は、要するにこう言うてると思う。
(本が難しいから勝手に要約してまうでw)

「なぜ、こんなことになったのか」

① 国家主義。
イ・スンマンもキム・イルソンも、個人をその奴隷と見なす国家主義者。
統一国家の建国という大義をふりかざし、個人を圧殺した、というわけ。
たとえ戦争に至らなくても、国家主義による人権の軽視は今も起こってるでしょ?

② 権力欲。
イ・スンマンには、「どんな国を創るのか」というビジョンがなかった。
あるのは、ただ権力欲。
マキャベリは、残忍性を権力の一属性と見た。
「民衆には、頭をなでてやるか、頭をなくしてしまうか、
ふたつにひとつを選択しなければならない」(byマキャベリ)
興味深いのは、彼も、北のキム・イルソンも、かつての抗日活動家を弾圧したこと。
過去の統治に不満を抱いた者は、新しい統治にも不満を抱くというのが鉄則。
ビジョンなんてありゃしない。
おかげで韓国は、「アカ清掃」という空疎な目的を国家の柱にしてしまった。
国家主義には骨格がないから。

③ 大日本帝国と虐殺。
民間人に対する三光作戦(殺し尽くす・奪い尽くす・焼き尽くす)は、
日本軍がやったのと同じこと。
儒教的家父長制と男尊女卑という背景は、日本と同質性があり、
その軍規もなじみやすかったのかも。
さらに、歯車の一部として個人を軽視する思考回路は、
いったん虐殺がはじまると、互いに一族郎党への報復を繰り返させる。
そもそも、日本の支配がなければ、朝鮮戦争もなかったかも。
国家が未熟な段階での軍国主義教育が、国民性を変えた。
虐殺が起こるのは、文明化の欠如が大きな要素。
「権力の極端化ではなく、権力の不在。
イデオロギーの極端化ではなく、理念の不在」(byハンナ・アーレント)
カンボジア、サラエボ、ルワンダ…今も続いてるでしょ?

④ アメリカの軍事力誇示のカード。
米軍に、韓国民を守る気はさらさらなかった。
現に空爆による民間人の死者は、太平洋戦争中の日本を上回る。
「反共」という旗印で、中ソとの駆け引きに朝鮮半島を使っただけ。
これって、全世界で今もアメリカがやってることと同じでしょ?
「反テロ」とか何とか、名目がちょっと変わっただけで。


「どうすれば避けられるのか」

それには、国家主義を超えること!
個人が尊重される国づくりをすること!
国家という物神化された単位を超える新しい人間共同体の構築が必要。
戦争は、いつも政治の先にある。
今も、朝鮮半島の分断は、戦争を日常的な国家運営の中で反復させてる。
世界は戦争と貧困の渦中にある。
戦争は、国民・民族のためという大義名分をかざす政治権力が起こし、
貧困は、世界資本主義と国家の経済政策が助長する。
朝鮮戦争で、民衆が受けた人権じゅうりんは、
今ある野蛮や、階層差別、社会的排除と根っこが同じ。
戦争と向き合い、きちんと受けとめることが、
平和な世界をつくるために絶対に必要!



朝鮮戦争特有の事象もいっぱいある。
でも、むっちゃ普遍的な戦争研究。
戦争体験記を読んで、「ひどいな、可哀相やな」で終わりにしない。
「なんでこんなことに」という怒りを、「二度とこんなことさせない」に変える。
戦争と向き合うことの意味って、そこにあるんやなぁ。
これって、日本国憲法の精神そのものやん。

うすっぺらい国粋主義が、幅を利かせてる今、
私もしっかり向き合って、きちんと反論していきたい。
戦争の本当の姿を知るべきです。
個人の尊厳は国家を超えるんです。


プロフィール

ゆりひなな

Author:ゆりひなな
おもしろい記事書くために、おもしろい生活できたらええなぁ。その逆でもええけど。

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