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ジャージーのワンピ♪

いまいち着る機会のないジャージーのノースリーブ。
丈が中途半端やからアカンのん。
でも、コットン100%で肌触りもええし、子どもはジャージーが好き。
というわけで、リフォーム!

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ネックと肩幅はそのままで、脇からカット。
ジャージーはやっぱウーリー糸でないとね。

  DSC_0066.jpg

ハイネックを内側に折り込んで縫いつけ、
レースをつけたら、出来上がり!
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「おねーさんみたい」と、気に入った模様のおもちちゃん。

盛られちゃったのね。

大阪のひったくりが激減してた件、やっぱし過少報告やってんね~。
だって、急に減る理由、他にないもん。
景気もぜんぜん良うなってないし。
「市長がごりっぱやから、市民も犯罪やめたんかな~」って、
んなわけないやろー。

<大阪府警>刑法犯過少報告 同一犯は「まとめて一件」(毎日新聞7月31日)
橋下氏「僕がプレッシャーかけた」 大阪府警の過少報告(朝日新聞7月31日)

記事読んでて思った。
これ、人間の心理として、めっちゃあるあるや~ん。

たとえば、「路上犯罪」と「いじめ」を置換してみる。

「当時は『返上』が合言葉となり、毎日の発生件数に一喜一憂した。
結果を出さないといけないという雰囲気が府警(←学校)全体に広まった」

「署の刑事課長時代(←〇○小学校の学年主任時代)、
ひったくり(←いじめ)が連続発生し、上司(←校長)に『すみません』と思わず謝った」

「幹部(→府教委)のプレッシャーを感じた部下(→学校)がつじつま合わせに走ったのだろう」

これ、「全国学力テスト」に置き換えてもアリ。
「平均下がるから学校来なくていいよー」とか、
「この子はカウントから外そう」とか、
実際、あっちこっちであったや~ん。

教育だけじゃないよね。
会社の業績報告だって、鉄道や飛行機の軽微な事故だって、
過少もしくは過大報告の動機は、プレッシャー。
ものっそ薄っぺらい成果主義。
子どもの成長に意味ないやん。
企業の健全経営に意味ないやん。
運輸の安全に意味ないやん。
とか、野暮なことは言いっこなしでw
盛って~♪盛って~♪盛られて~盛って~♪
もはや酩酊状態。

盛られた数値に一喜一憂って、うちらもおめでたいねー。

そのうち、「敵艦数隻を撃破せり」とかいう
日本軍の戦況報告みたいに、大本営ぐるみで盛ってくるんちゃう?
むむ、すでに、しこたま盛られてるか…。
「原発は安全です(キリッ)」も盛り盛り情報やし、
「脅威には、集団的自衛権で(キリッ)」も、盛ってる感満載。

いや~、もうオナカいっぱいなんすけど。






「トンマッコルへようこそ」

観たかった映画を借りた。
「トンマッコルへようこそ」(2005年 韓国 パク・クァンヒョン監督)
すごく泣けた。

朝鮮戦争を画いてるのに、ファンタジック。
現実味がなくて、音楽が久石譲やからか、ジブリっぽい。
彼らが命がけで村を守るラストなんて、ナウシカそのもの。

違うのは、朝鮮戦争の傷の生々しさ。

ラジオも電話もろくにないあの時代、戦争に追い回された人々は、
どんなにか桃源郷を望んだやろう。
どんなにか見つかったら殺されるかくれんぼから離脱したかったやろう。
敵に怯える兵士も、敵が何なのか分からない。
ただ殺される村人も、なぜ殺されるのか分からない。
米軍が掃討作戦と名付け、処刑がイデオロギーに基づいた粛清だと言われ、
漢江にかかる橋が避難民ごと爆破されても、
とにかく、みんなが逃げて行く場所がなかった戦争。
命が何の重みも持たない期間が何年も続き、
何百万人もの人が自国内のどこかで命を落とした戦争。

極度の緊張と恐怖が続く中、
南北の兵士と米兵が、心も身体も救われた村があった。
殺し、殺されたくなかった。
助かりたかった。
平和の中で生きたかった。
朝鮮の大地に生えてるみたいな、その願いの方に、あまりに現実味があって、
観終ったあとも、くりかえしその願いが迫ってくる。
このファンタジーがあの国で大ヒットしたのは、
その傷があまりに深くて、いまだに癒されないからじゃなかろうか。

朝鮮戦争を知れば、世界の戦争の構図が見えると思う。
だけど、知らなくても、観てほしい。
観れば、戦争から逃げたかった思いの強さを追体験できる。
それはきっとどんな戦争にも共通のもの。
怖ろしいほど現実的なことをファンタジーの中でみる。
刺激される想像力が、戦争の正体を理解させる。
そういう映画やから。



「ご存じ山田寺」みたいな。

この間、久しぶりに大規模な野外集会に参加してみた。
特定秘密保護法も集団的自衛権も、もうヤバイからね~。

雨の中、いろんな団体が、それぞれの団体旗を持って、大集結してた。
「いろんな」と言うても、赤とかピンクとかうす桃色とか緑っぽい赤とか、
外から見たジャンルとしては、概ね赤系というか何というか。
だけど、それぞれの団体にしてみれば、「一緒にされたくない!」と思い続けてウン十年。
旗の違いは「主張もカラーも微妙に違うのよ!」の証。エッヘン。

そして、始まったリレー演説は、勇ましいものから説得力のあるものまで「いろいろ」。
う~む、しかし、何もかも「ご存じ」な人々に向かって、
「ご存じのとおり、秘密保護法は・・・」「ご存じのとおり、集団的自衛権は・・・」。
「そーだそーだ!」って、そりゃもう、「ご存じ」なわけで。
この「ご存じぐるぐる」、どうにかならんやろうか。

そういや、こないだ、20年ぶりに飛鳥歴史資料館行ったとき、
これと同じ感覚になったわ~。
あの資料館は、何といっても山田寺推しなのね。
展示といえば、山田寺発掘当時の新聞記事がずらり。
遺構のレプリカやら、出土品やら、なんやかんや。
ところが、もう、1982年の大発見を主張したくてしたくて、
肝心の山田寺の創建年代とか、歴史的背景とか、さっぱりわからんの。
どっかに、生命保険の但し書きぐらいの文字で記載があるんかもしれんけども。
いやあの・・・、私、そんなに山田寺にくわしくないんすけど、
誰か、この寺が何なのか、説明してくれへんかなぁ…、という気弱な私は置き去りの、
「ご存じ山田寺」感が満載。
ああ、山田寺を知らんことって、そんなに罪なことなのぉぉぉ。

という思いを、この大集会に紛れ込んだシロウトはするんじゃなかろうか。
集まる旗がなかったら、迷子みたいになるし、デモの隊列にも入りづらい。
演説の言葉づかいも、デモのお作法も、「ご存じ」のオンパレード。
こうなると、もうマニアやん。
マニア以外お断りやん。

自分の「ご存じ」と、他人の「ご存じ」は違う。
だけど、興味ない人にも、ガンガン知ってもらいたい。
知りたいって人には、がんばって説明したい。
覗いてみようって人はめっちゃウェルカム。
「教えてやる」んじゃなく、人が情報を得るのを手伝いたい。
だって、私にとっては、一大事なんやもん。
一大事って一緒に思える人を、増やしたいもん。

飛鳥資料館には、こんな感想を送ったよ。
「シロウトにもわかるように、シロウトの立場を想像しながら展示を工夫してください」。
よろぴく。エヘ。


今年もステテコズボン♪

ユ○クロのステテコに対抗して、今年も作った~。
フトモモが太いうちの子たち用に、型紙を変更。
ジャージ素材じゃないから、ゆったりでないとね。
うちの3人(小5、小3、5歳)に加えて、2歳の姪っ子のも。
ズボン屋さんやわ~。

ステテコズボン

小3の福ちゃんは喜んでくれたけど、
小5のボンは、「レッスンバッグと同じ柄のズボンは嫌や(-"-)」ってさ。
だって、残ってる綿生地、つこてしまいたかってんもん。
しょぼ~ん(T_T)。

仕事とか忙しいときに限って、手芸がはかどるんよね~。
これって逃避やんね~。

ステテコモデル1

「聖職」って何よ。

立て続けにイヤ~な気分になる話がニュースになってる。
まず、何でニュースになってんのかが、もひとつわからんねんけど。

担任、息子の入学式へ…高校教諭勤務先を欠席、教育長が異例の注意
埼玉新聞 2014年04月11日


公立中学教諭:のど自慢か、授業参観か…年休取り出演
毎日新聞 2014年05月17日 07時07分


いやまぁ、間の悪いときに有休とらなアカンかってんな・・・ぐらいの話やん。
しかも、担任がのど自慢とか、めっちゃウケるやん。

でも、「教師は聖職なのに」ってさ。
ちょっと待てよ。聖職って何さ。
「人を教え導くこと」が聖なる仕事なんやったら、
「教育」そのものが聖職やんか。
1つの側面しか見ないで、個人を責めたてる人らは、
そもそも教師を、聖職者として尊重してるんか。
教え導こうと工夫する教師のオリジナリティーを尊重してるんか。
教師が、個人として人生を充実させながら、子どもたちに向きあうための選択を、
偏狭な同調圧力で封じ込めようとする方が、
そっちの方が、よっぽど聖職を冒涜してると思わんか。

「教育」に対するリスペクトも浅いくせに、
個人を縛りつけるために、「聖職」って言葉を都合よく使う。
消費者気分で、教育を品定めして、教師をツールとして利用する輩にかぎって、
鬼の首とったみたいに失点をあげつらう。
しかも、保護者でも何でもなく、議員やったり有力者やったりさ、
外から、正義ヅラして、直接知りもしない教師を吊るし上げたりする。
もぉー、誰アンタ!
その後、しょんぼり元気のなくなったしくじり先生と、
毎日接して、教えを受けていくのは、他でもない子どもやんか。
そっちは、謝罪させて、うっぷんを晴らすだけで済むやろうけど、
子どもと教師の関わりは、入学式や参観日だけじゃない。
むしろ、平凡な日常こそが、教育の現場やんか。

くだんの教師は、後々子どもに向き合ってリカバリーするチャンスがいっぱいある。
今後、子どもの信頼を得て、子どもを導いていくかもしれん。
その過程こそが教育ちゃうんか。

一方で、校長が覚せい剤で捕まったら、
「子どもにどう説明したらいいのか…」。

「親はどうすれば…」大谷小で保護者説明会 覚せい剤所持容疑で校長逮捕
西日本新聞 2014年05月10日


そらまぁ、ショックやけどさ~。
ここでも「聖職」をはき違えてるで。
どうしようもない校長やけど、そこ隠してどないすんねん。
子どもに聞こえのいいことばっかり吹き込むのが聖なることちゃうやん。
子どもにガチで向き合うこと、そのものが聖なることやんか。
校長が何でアカンかったか、フツーに向き合って説明すればええやん。
個人が聖人かどうかではなく、教育という行為が聖なるものやん。
子どもの学びをなめてもらったら困る。

公教育の理念も忘れて、教育を市場にさらしといて、何が聖職やねん。
どの口が言うねん。
ってか、言うてるやつ、アンタ誰?

フモフモさんの打ち直し♪

職場のみんなからプレゼントしてもらったフモフモさん。
わが家に来て8年。
中綿がヘナヘナになって、もはやカエルの面影もないので、
子どもたちに「もうお別れしよっか」と言ったところ、
「アカン~!!」と猛反対された。

↓ヘナヘナのフモフモさん
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で、ベビー布団の中綿を使って、打ち直ししてみた。

↓まずは脇から古い綿をぬく。
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↓そして洗濯。
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↓綿入れて脇を縫い合わせて完了。
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↓ムキムキになったよ~!
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「アクト・オブ・キリング」

映画「アクト・オブ・キリング」を観た。

1965年に始まったインドネシアの大虐殺。
権力を掌握したい側が「共産主義の脅威」を騙って煽った虐殺。
共産党員だけでなく、華僑やジャーナリスト、知識人、労働者・・・。
100万とも200万とも言われる人が殺された。
日本を含む西側諸国は、渦中のスハルト政権を支援。
CIAが抹殺したい「危険人物リスト」を政権側に渡したとも。
そして、虐殺を実行したのは、反共自警団や地元のギャングたち。

可愛い孫に、おしゃれな洋服、ダンス上手。
1000人殺したアンワルは、人生を楽しむ。

監督は、老いた虐殺者を誘う。
「あなたが行った虐殺を、もう一度演じてみませんか?」

映像は、どこまでも明るく美しい。
自然の色彩も、都会の街並みも、生命力が感じられる。
その明るさが、この映画の寓話っぽさを増す。
まるで、壮大なコント。

映画館のダフ屋だったアンワルが、共産主義者を殺した動機は、
彼らがアメリカ映画を追放しようとしたから。
パンチャシラ青年団のヘルマンが選挙に出たのは、
小さな権力でもあれば、みかじめ料が労せずして稼げるから。
自らは手を下さず、抹殺すべき人物を選別した新聞屋は、
「ただ共産主義者が嫌われるよう仕向けることが我々の仕事」。
州知事や副大統領は、反共青年団の必要性や利用価値を、臆面もなく語り、
青年団のボスは卑猥な言葉で女性蔑視を繰り返す。
その青年団の集会は、マッチョ右翼テイスト満載で、
団員は「おまえにとっての地獄は俺にとっての天国だ」という強姦マインド。

あまりに露骨であからさま。身も蓋もない。
だけど、しばらくすると気づく。
これって、オッサン政治あるあるやん。
何てtypical!
デフォルメされたオッサン社会がそこにある。
ただ、私らの社会では、オブラートに包んでるだけ。
尻尾を出さんように、言葉を選んで、
えげつないことも、えげつなく見えないように、気をつけてるだけ。

そういえば、北朝鮮のニュースとか見てて笑てまうことがある。
金主席の拍手の仕方、敬礼や整列の見事さ、ニュース原稿の読み方。
どれも極端すぎて、笑てまう。
その政権下に、投獄や飢えに怯える人が大勢いてても。
戦前の日本やナチスドイツの白黒映像も同じ。
何なん、これ、コントや~ん?

コントがおかしいのは、デフォルメされた人物の中に自分を見るから。
おかしな現象、おかしな他人という認識の、表層の下にある自虐。
壮大なコントに踊ってみせるアンワルは、私自身。
腐敗した権力構造を頂くインドネシアは、日本でもある。

そのことに気づいて起こる笑いに、監督は賭けてるんやと思う。
怖ろしいけどおかしい。
おかしいけど怖ろしい。
その笑いが、極端だった自分自身に気づく端緒になるから。
その自覚が、極端へと転がり始めるときのブレーキになるから。

だから、できるだけ多くの人にこの映画を観てもらいたい。
全世界の、特に政治家に観てもらいたい。
そして、神様に見透かされるような恥じらいを感じてほしい。

「イェルサレムのアイヒマン」

「イェルサレムのアイヒマン」(ハンナ・アーレント著)。
絶滅収容所へのユダヤ人大量輸送を指揮したアイヒマンのイスラエルでの裁判記録。
罪に見合うだけの大悪人ではなく、ただの小役人やったアイヒマン。
アーレントは、「悪の陳腐さ」と、その普遍性への危機感を世に問うた。

・・・そんな本やと思って読んでみたら、ちょっと違ったかも~。
実は、彼女は「オッサンら、ええかげんにせーよ」と怒ってるんちゃうやろうか。
ナチズムにも、成り上がりの小役人にも、ドイツにも、ナチに占領された国々にも、
連合国にも、シオニストにも、イスラエルにも、
「ねぼけてたらアカンで。」と言うてるように思う。

このホロコーストでは、600万以上の人間が殺された。
特定の民族を殲滅するという、信じられんことが実行されてる。
彼女は、この「人類に対する罪」の本質が明らかになるのを見たかった。
なのに、オッサンらは、本質とは違う側面を、あっちこっちつつくだけ。

イスラエルは、アイヒマンと全ホロコーストを結びつけたがり、
裁判が明らかにすべき真実を置き去りにしてでも、イスラエルの物語を見せ物にする。
連合国は、自らの「人道に対する罪」をスルーして、敗戦国とその手先を裁く。
原爆も無差別空襲も「虐殺」とどこが違う?
ユダヤ人指導者たちは、ナチと取り引きし、
金と地位に基づいて自分らで民族を選別し、ナチの「輸送」に手を貸したよね?
ドイツでも被占領地でも、活動家たちは「国内亡命」で抵抗したからエラいって?
それが、無責任で楽天的なヒロイズム、自己満足の抵抗運動であっても?

いやいやいや、オッサンら、結局、自分の利益ばっかしやんか。
権威、大義、自己顕示欲、保身・・・。
いちばん大事やったんは、人の命ちゃうん?
いちばん明らかにすべきなんは、何でこんな恐ろしいことが起きたんかやん?
人1人もまともに裁かれへんのに、この虐殺の本質なんてあぶり出せるかいな。
オッサンら、えーかげんにしてくれよ。

と、アーレントねーさんは言うてるんちゃうやろうか。

確かに、アイヒマンの凡庸さは戦慄もんやと思う。
雑魚感たっぷりの脇役のくせに、脚光をあびて満足げなアイヒマン。
「知性」や「上流」にあこがれながら、劣等感を抱え、
庶民出の人間が国家の首長になるというヒトラーの物語に酔いしれた彼。
「下克上、上等!」って、ありゃりゃ、まるっきりヤンキーやん。

同時に、ナチの台頭を許した社会の、空気感はもっと怖い。
市民が、ナチの極端さを現状打開の切り札と勘違いしたのは、わざと?
これって、無責任な快楽主義が行きつく自己欺瞞なわけ?

アーレントねーさんが危機感抱くのもムリはない。
しかも、どこをとっても「今」と重なる恐ろしさ。
ねーさん、私らはどーしたらええんやろうか。

ハッキリしてることがあるとすれば、
歴史の表舞台にしゃしゃり出てくるオッサンらに、まかせといたら危ないってこと。
何をいちばん大事にするのか、思考から編みだす言葉を持ちたいとこや。
せやんな?ねーさん。

安全神話と情報統制。

東日本大震災から3年。

放射能汚染は、ずーっと続いてる。
「完全にコントロール下にある」。
そんなん誰が信じる?

「ただちに影響はない」
「事故が原因とは考えにくい」
福島の子どもらに、次々に甲状腺異常が見つかっても、責任を放棄する国。
放射線について、徹底した検査、調査を求める人々には、
「いたずらに不安を煽るのは好ましくない」。
誰の不安を煽るん?誰が好ましく思わんの?

「原発は安全です」言うてたよね。
それは、「事故が原因とは考えにくい」と表裏一体。

3月10日は、東京大空襲から69年目の日。
70年以上前にも、この国は、安全神話を振りまいて、情報統制をした。
焼夷弾は手で消せる。
怖れるに足りない。
首都で、10万人以上の人が火の海で亡くなってなお、
その事実を国民に知らせず、大阪、名古屋と空襲被害を拡大させた。

「空襲から逃げるな」と定めた防空法。
国民を守るための防空なんかじゃない。
ただ、国体を守るため。
老人、妊婦、幼児の避難を許したのは、命を守るためじゃない。
足手まといやっただけ。
使える人材は命が尽きるまで、国体の維持に利用する腹で。

情報統制は、敵に秘密が漏れることを怖れたからじゃない。
ほんとのことを知れば、自国民が戦争を拒否するから。
自国民が戦争を拒否すれば、国体の維持ができなくなるから。

誰のための国体やったんか。
誰のための戦争やったんか。

誰のための原発やったんか。
誰のための特定秘密保護法なんか。

安全神話と情報統制を、誰が欲してんのか。
絶対に見逃さん。


愛国なオリンピックってアレですな。

「最悪の五輪だ」「己を恥じろ」 韓国人突撃でプーチン大統領Facebook大荒れ
(J-CASTニュース 2月22日(土)18時27分配信)


もう、このセンス、うちらの国もアレですけど、お隣もアレですよね~(~o~)。
お~、寒々。
キムヨナちゃんがええ言うてんねんから、ええやないの。
誰が4年間がんばって、誰が試合に出たと思てんの。
人のふんどしで相撲とって、人のカツラにいちゃもんつける。みたいな。
はずいわ~。

私も、真央ちゃんに感動した自分を、ちょっと嬉しく思ったよ。
けど、マスコミそろって「感動をありがとう!」ってキモイやろ。
だから、市井の民も恥じらいなく、こぞって「ありがとう!」と叫ぶ。
そんなもん、こっそり思やえーのに、言わずにおれない心理って何?
国民全員でお礼する横並び感がまた「属してるぅ~」って感じ?
しかも「ありがとう!」を押しつけて自己満足って、どんだけ承認欲求強いねん。

何か、こうして見ると、オリンピック選手が、うちらの国の天皇陛下とかぶってくるわ~。
【天皇陛下 80歳の誕生日 記者会見全文】
ずーっと、存在そのものが利用される危機感にさらされ続けてはる。

― 戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。―

皇太子さままで。
⇒【皇太子さま 54歳の誕生日】
お気の毒なこってす。

構造としての天皇制をお望みの安倍首相周辺の方々なんかは、
人間としての陛下の言葉なんか、耳フタしてますわな。

ところが、時々、ご本人に褒めてもらおう思て、
米長チックな人が登場するわけで、いやもう、ご迷惑なこってす。

米:「日本中の学校に国旗を掲げ、国歌を斉唱させます」
天:「強制ではないことが望ましい」
(@04年10月28日 秋の園遊会)

↑ このネタも古なったけど、わたしゃ忘れへんで~w

この類って、今で言えば、明治天皇のどーのこーのの竹田なんとかって人?
いや、あの人は、自分の血が好きなだけか。
う~む、それ言うと、故米長氏も愛国な自分が好きなだけか。ブツブツ。

森元首相の真央ちゃんに対する発言を、
「親戚のおっさんの言うことやから許したって」みたいな意見があったけど。
⇒ もしも、森喜朗元首相が私の「親戚のおじさん」だったら。
これの何がおかしいって、森氏は親戚のおっさんちゃうとこやろ。
森氏は、明らかに国家の手駒としての真央ちゃんと、その周辺に対して苦言を呈してるわけで。
にわか監督気分な親戚のおっさんよりも、そーとー確信的で悪質やん。
オリンピックは国家行事であり、選手は手駒。
そーゆー価値観やもん。

そう考えると、あの人らには天皇陛下もぶっちゃけ手駒やん?
陛下って孤独やわ~。

あ、愛国なオリンピックってアレですな…という話でした。

続・ペテンのベートーベンの話。

どーしてこんなにペテンのベートーベンに惹かれんのか。
あ、そーや。ヅラ話に似てるからや!と気づいた。
カツラかぶってるのがバレちゃったみたいな物悲しい滑稽さ。
これ、バカにする笑いじゃなくて、人間の可笑しさにクスッとなる笑い。
ちょっと落語っぽいなぁ~。
なぜなら、決して他人事じゃない感覚やねん。
自分にも覚えのある、せこい見栄を可視化されてる感じ。
しかも、そういう見栄は人生のエッセンスであって、決して否定されるべきものじゃない。
恥ずかしくなる自分が面白いのん。

うちのかーちゃんも抗ガン剤で髪の毛ぬけてしもて、
カツラかぶってたけども、それとは違うねん。
その場合は、人工的にマイナスになったのをゼロに戻す作業。
そこに面白さはない。

面白いのは、自然に禿げてんのに、のっけてしまおうっていう心理。
ゼロからプラスにしたいあまり、過剰になってることに気づかない。
胸ポケットに赤いバラ刺してるみたいなやりすぎ感。
しかも、クオリティがある程度低い方が面白い。
ええカツラやと、女性用もそうやけど、もはやファッションになる。
やりすぎかどうかは、調和の問題でもあるから。
ただ、のせてみようと思う心境は、やっぱりおもしろいもんやけど。
というわけで、新幹線よりも機関車が味わい深い。
やりすぎたい動機の真剣さと、品質の釣り合わなさ加減が哀愁を帯びるから。
とはいえ、あまりにバレバレのをのっけてる場合は、哀愁度が下がるから難しい。

だから、旧石器捏造事件とか、ニセiPS細胞手術の学者とか、
そ、そのクオリティでえーのか?という話は、
ある時期まではペテンとして成功していても、最後のお粗末さに哀愁度が下がる。

しかし、今回のペテンベートーベンは絶妙のバランスで物悲しい。
だいいち、曲はホンモノの作曲家が作っていて、けっこう隙がない。
なのに、ペテン師自身はあまりに過剰。
生みの苦しみに悶絶するベートーベンなんて、すごすぎる。
のっけてる物語も誰が見てもやりすぎ。
なのに、多くの人が騙されたりして。
その「騙された!」っていうウブな感覚が、
のっけてるって気づかれてることに気づいてないヅラな人とかぶる。
あ、かぶるって言葉がかぶってる。
ともかく、この場合、ヅラかぶってるのはペテン師の方ではなく、なぜか私らの方。
まるで合わせ鏡のよう。
突然ヅラをとられて、あわあわしてるのは、私らの方やの。

なんとなく象徴的な人間の業を覗く気がして、
しかも、手っ取り早く覗ける気がして、興味津々になってしまった。
しかし、自分でこうして整理してしまうと、ちょっとスッキリした。
いや、こんなの読ませてすんません。

明日、都知事選のみなさんは、がんばって投票に行ってください。
よろしくお願いします。

ペテンのベートーベンの話。

作曲家がベートーベンやなくてペテンやった話。
これ、知らん人やのに、何でこんなに恥ずかしい気分になるんかなぁ。
自分が騙されたわけじゃないけど何か恥ずい。
耳が聞こえへんとか、HIROSHIMAとか、被災地支援とか、
まさかそんなんを利用するわけない!っちゅう純情のやり場に困るわけね。
いや、当人らは利用する気まんまんやったやろうし、
NHKはじめメディア側も、あざとく荷担したんやろうけど。
もう、あざとさ満開。ぐへ。
対する純情の、あまりの軽さに赤面してまうんやね。

食品偽装と似てるかもな~。
付加価値なしでホンモノを見分ける自信のなさ故に逆ギレ、みたいな。
いっそ逆ギレするほど厚顔になれたらスッキリするけどさ~。

選挙にも似てるかも~。
聞こえのええこと言われて、勢い込んで投票してみたら、
めっちゃペテンやった、とか。
まさか、そんなにも浅い奴とは思わんかってん・・・なんて、
勢い込んだ自分の純情の軽さに赤面やね。
そんな騙されノリでエセ民主主義が暴走やもん。
被害者ヅラしてる場合ちゃうで。いやほんまに。

騙されへんためには、自分の目ぇでしっかり見極めるチカラがいるよなぁ。
ええ曲、おいしい店、ええ政治家・・・。
付加価値とかノリとか風とか、んなもんにいちいち右往左往すんのイヤやん。
この後味の悪さ、イヤやん。

ありがとうベートーベン。
勉強になったわ。


6億で逆ギレ選挙ってマジかぁぁ(。□゚ノ)ノ

橋下氏が大阪市長を辞める。
その会見、こっちの頭がおかしいんか?
と思えてくるぐらい意味がわからん。

以下、「橋下大阪市長の会見要旨」

3日の橋下徹大阪市長の記者会見要旨は次の通り。
 〔冒頭〕
 市長を辞め、市長選挙を行いたい。大阪都構想の是非について民意を問うと報道されているが、全く違う。今ここで賛成、反対を決めるのは時期尚早。今年の夏に、設計図と説明書を市民の皆さんに示し、その上で(都構想の是非を決める)住民投票をやってほしい。
 このようなプロセスを進めようと思ったら、一つに絞った設計図作りはやめておけという議会の意思に対して、大義を得る必要がある。市長選挙で市民の皆さんの後押しを受けなければいけない。
 〔質疑〕
 -他党は今のところ候補を立てない方向で調整している。無投票(再選)の可能性もあるが、それでも民意は得られたと考えるのか。
 反対するんだったら対立候補を立てないとおかしい。
 -再選されても府・市議会の同意を得るというハードルがある。そのたびに選挙をするのか。
 民主主義で認められている、ありとあらゆる手段を考える。
 -いつまでに選挙をしたいか。
 大阪市長という職務があるから、しっかり対応してからやらなければいけないと思っている。
(2014/02/03-21:17)

超イミフ~(?-?)
お~、そういや子分も3ヶ月で辞めてたよね。
(→「大阪市の公募校長が3ヶ月で辞める件。」
「思ってたのと違う~」言うて辞めるんそっくりやん。
そして、ふつふつと怒りが沸いてくる。
議会が言うとおりにせんから辞めるだ~?
議会制民主主義はそーゆうシステムや。
予算放りだして辞める~?
お前、マネジメントできてへんやんけ。
文楽やら市音楽団に使う税金が惜しい~?
言うこと聞いてもらえるまで何回でも選挙やるってどーゆうことやぁぁぁ。
選挙に税金5~6億円だぁぁぁ?

あかん。もうあかん。
誰や、こんなん市長にしたん。
せ~きにんしゃ出~てこ~~い!!って古い?

「餅は餅屋」ちゃうんか?

市民感覚が大事。
保護者の意見を反映する。
民間人を入れて刷新!
とか何とか言うて、素人を現場にねじこむのが流行ってる。

元なんちゃらアドバイザーの民間人校長とか民間人区長。
現役なんちゃらマネジメントとかの教育委員。
子育てしたことありますレベルの保育ママ。
なぜか当選してしまった裁判員・・・。

確かに、学校にはイラっとすること多い。
「子どもの身になれ」「親の身になれ」とは思う。
「現に保育所足りてないんやから贅沢言うなよ」的な空気もある。
はたまた凶悪犯罪の判決が甘く感じることもある。
根っこには、それぞれの現場に対する不満があるわけで、
「おいおい、んなこた素人でもわかってるぞ」みたいな、
野球観戦してるおっさんが全員監督化する、みたいな現象か。

しかし、その解決策が「素人ねじこむ」でええんか?
市井の感覚とずれてるっちゅう認識があるなら、
この情報社会、なんぼでもリサーチできるやろ?
だいたい、市民感覚ってひとくちに言うても、みんな利害が違う。

そんで、ねじこんだ「素人」が、
タブレット万歳型教育改革に暴走してみたりする。
いじめを起こすような学校は吊るさなアカンとか、
学力テストの点数で優劣つけて何が悪いねんとか、
教育の専門家が、思いもよらん(っつーか言うたらアカン)言説が幅を利かす。
「うちの子はこうやって育てた」で保育やられた日にゃ、
おちおち働いてられへんし、
「オレの感覚ではこれは許せん」で量刑決まるなら、
被告人にしてみりゃ裁判もバクチ。

専門家は、そーゆうことがないように専門に勉強してるんちゃうん?

政治主導の教育改革~?
はぁ~?専門家でもないもんがしゃしゃり出て、
うちらに何の得があるん?
いや、待てよ。やっぱ、これってわざとやん?
巧妙なんは、素人を騙る権力の代弁者。
素人のふりした「何かの玄人」が、
「その道の玄人」が守っていたモノをぶち壊す。

「意見を聞く」ことと引き換えにされるのは自己責任。
それも、少数者の意見ではなく、ざっくり多数意見と引き換えの、
選んだアンタらの責任。
報道のされ方ひとつで、宝物がガラクタに、ガラクタが宝物に見える。
「あいつは悪もんや!」で悪もんが決まる。
そんな危うい選択するんはごめんやわ。

専門家、カムバーック!!

ロマン・カチャーノフ

4歳の娘、お餅ちゃんと一緒に映画を観に行った。
ロシアの人形映画、「こねこのミーシャ」など短編4本。
20年前に亡くなったロマン・カチャーノフ監督の作品。

すべての人形の動きが、ほんとに繊細で愛らしい。
小首をかしげる黒猫ミーシャ。
雪の中を跳ね回る赤い毛糸犬のミトン。
迷子のブヌーチカを捜しまわるおじいさんの心配顔。
夫からの手紙を待つ寂しげなママと、ママを大好きなボク。
人形とは思えない表情ばかり。

1960年代から1970年、旧ソ連でつくられたコマ撮りの人形アニメ。
あの冷戦の時代、全体主義のソ連で、映画を作ったカチャーノフ。
ベトナム戦争があり、チェコ進攻があり、キューバ危機があった頃、
彼はどんな思いでこの美しい作品を作ってたのかなぁ。
少なくとも、赤狩りに奔走したウォルト・ディズニーみたいに、
ガツガツした正義や夢を子どもに植え付けたりしてない。
それは、生きものへの、ささやかな愛を語る詩のような作品。

こんな感性を持った人は、戦争が嫌やろうな。
大好きなパウル・クレーを思い出す。
所在なさげに動物を抱えてたたずむ動物飼育係の絵。
生きものへの愛は、大きな時代の波や権力に抵抗できない。
ただ、儚げにたたずむ。
だけど、個人を圧殺する全体主義の社会にあっても、
こうやって1つ1つの命のありかを主張することもできる。
そういう種類の愛を語ることこそが、
カチャーノフという才能ある「個」ができる唯一の抵抗やったのかもしれん。

でも、4歳のお餅ちゃんには、ちょっとむずかしかったかも。

↓ 赤い毛糸でミトンわんこを作ってみたよ♪
ミトン2



「サラエボの花」

サラエボの花」を観た。
2007年のボスニア・ヘルツェゴビナの映画。
1992年から1995年まで続いた内戦で傷ついた女性と、彼女の娘の物語。

泣けた。
生きるってすごいなぁ。
日常は、残酷で偉大や。
生き残ってしまえば、生活は容赦なく人生を追い立てる。
でも、日常が愛を育む。
赤ちゃんを抱いた瞬間から、彼女の日常が動き出す。
否応なく愛することが苦悩になり、喜びになる。

ラスト、手をふる娘を愛おしいと思いすぎて苦しかった。

戦争で起こった出来事を許せないと思う。
彼女は、他の被害女性たちと、感情のやり場を共有してた。
互いに反芻して、やっと生きてる。
でも、国の「中の人たち」が、戦争を反芻しなかったら、同じことはまた起こる。
傷を抱えたまま生きる人を尻目に、すっかり新しい気分でいることは愚かしい。

ボスニア戦争が終わって19年。
そして、今日、阪神大震災からも19年。
日常の時は否応なく流れる。
どんな出来事があったとしても、ご飯食べて生きなあかん。
ご飯食べてるからって悲しくないわけじゃない。辛くないわけじゃない。
それでも生きてるということの「生」は尊い。

せめて忘れないで、この同じ世界に生きていこうと思った。


「朝鮮戦争の社会史」

朝鮮戦争の社会史-避難・占領・虐殺-」(2008年 平凡社)
これ、金東椿(キム・ドンチュン)教授の朝鮮戦争研究書。
韓国のハンギョレ新聞に読み応えのあるコラムを書いてはる人やのん。
生野の図書館で借りたよ。
やっぱ、朝鮮関連は充実してるねぇ。しかも、ええ本。

この本の何がすごいかというと、
朝鮮戦争を通して、「戦争被害の原因」を探っているところ。
国家、国際社会、イデオロギー、身分・家族制度、人間関係・・・。
混じり合った要素を1つずつ分析して、1つの方向につなげる。
それは、「なぜ、こんなことになったのか」を明らかにし、
「どうすれば避けられるのか」を思考する方向。
朝鮮戦争の分析やけど、どの戦争にも、現代にも通じることばかり。
感動したんで、ちゃんと覚え書きを残しとこうと思う。


★朝鮮戦争とは。

日本の支配から解放された朝鮮の、国家形成過程で起こった朝鮮戦争。
東西冷戦のスケープゴートになり、前線が朝鮮半島を行ったり来たりした。
そのため、民間人の犠牲は300万とも500万とも言われてる。
米軍も関わった民間人の大規模虐殺は、今でも詳細が明らかにされてない。
人々は、どの国家に属してるかなんて自覚もないまま、逃げまどい、理由もわからず殺された。
まるで、見つかったら殺されるかくれんぼみたい。


★金教授は、要するにこう言うてると思う。
(本が難しいから勝手に要約してまうでw)

「なぜ、こんなことになったのか」

① 国家主義。
イ・スンマンもキム・イルソンも、個人をその奴隷と見なす国家主義者。
統一国家の建国という大義をふりかざし、個人を圧殺した、というわけ。
たとえ戦争に至らなくても、国家主義による人権の軽視は今も起こってるでしょ?

② 権力欲。
イ・スンマンには、「どんな国を創るのか」というビジョンがなかった。
あるのは、ただ権力欲。
マキャベリは、残忍性を権力の一属性と見た。
「民衆には、頭をなでてやるか、頭をなくしてしまうか、
ふたつにひとつを選択しなければならない」(byマキャベリ)
興味深いのは、彼も、北のキム・イルソンも、かつての抗日活動家を弾圧したこと。
過去の統治に不満を抱いた者は、新しい統治にも不満を抱くというのが鉄則。
ビジョンなんてありゃしない。
おかげで韓国は、「アカ清掃」という空疎な目的を国家の柱にしてしまった。
国家主義には骨格がないから。

③ 大日本帝国と虐殺。
民間人に対する三光作戦(殺し尽くす・奪い尽くす・焼き尽くす)は、
日本軍がやったのと同じこと。
儒教的家父長制と男尊女卑という背景は、日本と同質性があり、
その軍規もなじみやすかったのかも。
さらに、歯車の一部として個人を軽視する思考回路は、
いったん虐殺がはじまると、互いに一族郎党への報復を繰り返させる。
そもそも、日本の支配がなければ、朝鮮戦争もなかったかも。
国家が未熟な段階での軍国主義教育が、国民性を変えた。
虐殺が起こるのは、文明化の欠如が大きな要素。
「権力の極端化ではなく、権力の不在。
イデオロギーの極端化ではなく、理念の不在」(byハンナ・アーレント)
カンボジア、サラエボ、ルワンダ…今も続いてるでしょ?

④ アメリカの軍事力誇示のカード。
米軍に、韓国民を守る気はさらさらなかった。
現に空爆による民間人の死者は、太平洋戦争中の日本を上回る。
「反共」という旗印で、中ソとの駆け引きに朝鮮半島を使っただけ。
これって、全世界で今もアメリカがやってることと同じでしょ?
「反テロ」とか何とか、名目がちょっと変わっただけで。


「どうすれば避けられるのか」

それには、国家主義を超えること!
個人が尊重される国づくりをすること!
国家という物神化された単位を超える新しい人間共同体の構築が必要。
戦争は、いつも政治の先にある。
今も、朝鮮半島の分断は、戦争を日常的な国家運営の中で反復させてる。
世界は戦争と貧困の渦中にある。
戦争は、国民・民族のためという大義名分をかざす政治権力が起こし、
貧困は、世界資本主義と国家の経済政策が助長する。
朝鮮戦争で、民衆が受けた人権じゅうりんは、
今ある野蛮や、階層差別、社会的排除と根っこが同じ。
戦争と向き合い、きちんと受けとめることが、
平和な世界をつくるために絶対に必要!



朝鮮戦争特有の事象もいっぱいある。
でも、むっちゃ普遍的な戦争研究。
戦争体験記を読んで、「ひどいな、可哀相やな」で終わりにしない。
「なんでこんなことに」という怒りを、「二度とこんなことさせない」に変える。
戦争と向き合うことの意味って、そこにあるんやなぁ。
これって、日本国憲法の精神そのものやん。

うすっぺらい国粋主義が、幅を利かせてる今、
私もしっかり向き合って、きちんと反論していきたい。
戦争の本当の姿を知るべきです。
個人の尊厳は国家を超えるんです。


「失望した」なんてツンデレ?

安部っちが靖国参拝したことで、アメリカに怒られてやんの。
あらら、ヨシヨシしてもらえるとでも思ってた~?
バッカで~ぃ、と思う一方で、
アメリカも、どの口が言うねん、て思う。
だってさー、日本は、かつてない程に売国せなアカン局面やん。
TPPなんて、アメリカのブロック経済圏にがっつり入るわけで、
自国民の利益よりも、アメリカ(っつーか多国籍企業)の利益を優先する羽目になるやん。
保険も医療も食料も、果ては教育まで、外資・ハゲタカウェルカムになる前に、
国内向きに「愛国ごっこ」しとく意義もあるってもんでしょーよ。

アメリカ的には、韓国やら、東南アジアと波風立てろとは言うてないわな。
経済圏としては、同じブロックに入れとく必要あるからね。
中国も意識せなアカンしね。

でも、韓国も中国も「愛国ごっこ」する必要があるってとこは一緒で、
一周回って、安部っちと利害が一致したりしてww
いっちゃんバカにされてんのは、それぞれの国の国民やん。

とにかく、な~にが愛国か。
英霊ったって、実際に遠い島々で死んだ人の遺骨はほったらかしで、
真田山の陸軍墓地だって朽ちるにまかせてるくせに。
要は、精神論だけで、肉体のある命なんか見てないんやもん。
よその国で、その精神論ふりかざして、えげつないことしたのばっくれて、
積極的平和主義~?
意味わからん。

ほんで、アメリカもどないやねん。

「ハンナ・アーレント」を観た後で。

映画「ハンナ・アーレント」を観に行った。
「全体主義の起源」を書いたユダヤ人哲学者、ハンナ・アーレント。
収容所から生還した彼女が、ナチス戦犯アイヒマンの裁判をレポートする。
「命令に従っただけ」と繰り返す小役人アイヒマン。
「おどろくほどノーマル」な彼が、なぜ大虐殺を担うコマになったのか。
それは、思考することを停止したから。
彼女は、ユダヤ人指導者の行動を問題にしたことや、
アイヒマンを「巨悪」と捉えなかったことで大批判をあびる。
それでも、誰もが思考停止すればアイヒマンになりうる…。

そーやね、そーやね。
美しさや醜さを体感して判別し、考えて言葉にする。
そういう作業をし続けることで、人間は人間でいられる。
自分でキャッチして、自分の中で考えるって大事や!
…と、感動しつつ映画を観終わり、あたりを見回したとき、実はちょっとイラっとした。
なぜなら、周りが中高年ばっかしやったから。
それで、この苛立ちの理由を自分なりに分析してみた。

「わかったような顏してハンナに同調してるけども、わかってんのかよ~」。
これでした…。
おそらくは社会に対してモノ申す自覚の高い中高年の方々。
おそらくは信念を持って行動してきた方々。
だけど、その運動は、ピチピチした新鮮さを持ったまま私ら世代につながってる?
いやまぁね、そこにいらした方々を具体的に指してるんじゃないんです。
ただ、ずっと感じてた停滞感が「思考停止」ってワードにハマってしまったんです。

秘密保護法の強行採決があった今、
食材偽装のなんやかんやは知ってる人も多いのに、
大事なことはスルーされてしまう空気感。
そうです。私、焦ってるんです。

そもそも「思考停止」は「保守」に起こるものと思ってた。
「状態を保つこと」を保守と言うのであって、
旧来の社会体制の維持をめざす「右派」は、
それほど思考せずとも、踏襲することで足りることが多いから。
でも、実はそれは「左派」にも起こり得る。

はじめは、個々人が自らつかみとった理解の中から生まれた言葉やアイデアが、
ルーチンになり、記号化され、各グループ単位の権威になり、
その権威の下に居場所を確保することで安心する人々が増える。
他人の言葉を言ってるのか、自分の言葉を言ってるのか判断がつかなくなり、
それでも大筋で方向性を理解している自分を信じて、
語りかけるべき道行く人を見ずに、結局自分自身に語りかけている。
そんなことになってないかな…。

「お前らの世代こそ思考してないやないか」って言われそう。
でも、そもそも私ら世代には「思考してる」って自覚がない。
「思考」の型もノウハウも、受けついでこなかった。
ただ、置かれてる現実が厳しければ厳しいほど(実際に先行きは暗い)、
体感したことを、自分らの表現方法で伝えようとして行くと思う。
「思考してる」って思いこんで、他人の言葉を繰り返すよりはマシな気がする。
ああ、ちょっと言いすぎか。

もちろん、魅力的な言葉で話す方々もいてはる。
ハンナが敵味方の区別なく、思考を放棄する凡庸さに危機感を抱いたように、
多くの人が自戒を込めて映画の感想を広めはるやろうと思う…。

「考えることで、人間は強くなる」。
これは普遍的なことであって、世代間で違ったりしない。
思考して発せられた、みずみずしい言葉が、世の中を動かすはず。
すみません。私もガンバリます。

プロフィール

ゆりひなな

Author:ゆりひなな
おもしろい記事書くために、おもしろい生活できたらええなぁ。その逆でもええけど。

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